2008年7月 6日 (日)

六角堂④聖徳太子汰浴の跡

Dscf0139 本堂を回るように進むと、聖徳太子がここで沐浴されたと言う古跡があります。
今は枯山水の庭に池が作られ、白鳥が水にたわむれ、鯉が泳いでいます。
太子堂には二歳の像が祀られています。
また1201年に親鸞上人がこの地にお参りして、後に真宗を開宗する根源となった地でもあります。

2008年7月 4日 (金)

六角堂③不動明王像

Dscf0145 本堂の左には不動明王像が祀られています。
右手に剣を左には剣索を握っています。
剣は振りかかる災難を断ち切り、剣索で迷いの世界の人々を救い上げる姿。
実に力強い感じです。

2008年7月 3日 (木)

六角堂②本堂

Dscf0136 山門をくぐると、正面に本堂があります。
珍しい六角形の堂、これが寺名の由来。
本尊・如意輪観音像と親鸞像、重文・毘沙門天立像が安置されています。

2008年7月 2日 (水)

六角堂①山門

Dscf0135 六角堂は正しくは紫雲山頂法寺と号しますが、本堂が六角宝形造りであることから「六角さん」の名で人々に親しまれています。
開基が聖徳太子で四天王寺建立の用材を求め、この地を訪れた際に霊告によって、587年、お堂を建立し守護仏の観音像を安置したのが始まりとされています。
822年に勅願所となった古刹でもあり、また西国三十三ヶ所霊場の札所でもあり、多くの人で賑わっています。
また遣隋使 小野妹子が仏前に供花したと言われ、立花の始まりとされ、後に華道家の池坊専慶が世に出て生花隆盛の礎を築くことになります。

2008年7月 1日 (火)

曼殊院⑤小書院

Dscf0130 次の小書院も重文に指定されています。
富士の間に入ると襖絵は狩野探幽が描いた名作です。
次いで宿直の間に。国宝・黄不動明王が祀られています。
平安時代後期の作品で、手に剣を持ち、虚空を踏んで出現した金人の姿を写したと言われ、迫力ある鋭い眼差しで筋肉逞しい力強さに満ちあふれています。
さらに良尚法親王の隷書、絵巻なども展示されています。
大書院・小書院とも江戸初期の代表的書院建築で、屋根の瓦葺き、釘隠しは富士の形の七宝焼き。欄干も粋を凝らしてあり、また曼殊院棚も独特かつ上品であり、庭園と共に見どころのある寺院でした。

2008年6月29日 (日)

曼殊院④庭園

Dscf0129 曼殊院の庭園は素晴らしいの一言に尽きます。
書院の前には小堀遠州作の魅力あふれる庭園が広がります。
縁に座って眺めていると奥の深さに引き込まれます。
名勝に指定されていて、庭の芯に滝石があり、白砂の水が広がり、鶴島と亀島が。鶴島には樹齢500年の五葉松が大きく枝を伸ばしている。松の根元にはキリシタン灯篭が置かれています。亀島には地に這う亀の形をした松があったそうな。
過ぎましたが、庭園は五月頃は中の霧島ツツジが紅に映えます。
しかし四季を通じて楽しむことが出来ます。

2008年6月28日 (土)

曼殊院③大書院

Dscf0131 竹の間から渡り廊下を通り、重文・大書院に。
正面に重文・慈恵・良源・元三大師像が安置されています。
右に進むと滝の間で、ここは重文・法華経塔が金色に輝いている。
隣には鎌倉時代の作で十一面観世音菩薩が安置されていて、この像は1mくらいの高さだが神々しい感じが漂っています。北野天満宮から移されたとのこと。
両脇の左には良尚法親王の、また右には、その父で桂離宮を開いた八条宮智仁親王の掛け軸が掛けられている。
その隣は十雪の間で狩野探幽の筆による障壁画が納められています。

2008年6月27日 (金)

曼殊院②庫裡

Dscf0124 曼殊院の庫裡は重文に指定されています。
入ると上之台所。門跡の高僧や高貴な来客を接待する時のみ使われた特別の厨房で、貴重な遺構です。
秋篠宮など皇族が訪れている写真などが展示されている廊下を通り、大玄関である重文・虎の間に入ると1600年頃の狩野永徳の襖絵が展示されています。
金箔地に今にも動きそうな迫力ある虎が描かれています。

2008年6月26日 (木)

曼殊院①山門

Dscf0123 曼殊院は、天台宗門跡です。
始まりは比叡山内にあった東尾坊で、1108年に曼殊院と改められ、1656年に良尚法(りょうしょうほう)親王が住持の時に、この地に移りました。
門跡と言う高尚な雰囲気が素晴らしく、またここは紅葉の寺でもあります。
11月の下旬から12月の季節には、まさに紅葉が降りそそいできます。

2008年6月25日 (水)

東本願寺③渉成園の4

Dscf0122 このシリーズも今回で終わりますが、京都駅から歩いて10分の所に、こんな素晴らしい風景が楽しめます。

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