2009年7月 5日 (日)

京都・一休寺を訪ねて⑤一休禅師像

2009_0523ikyuuji0009 一休禅師が晩年を過ごしたゆかりのお寺として、数体の禅師の像や絵が有ります。
本堂のそばには、写真のように少年一休師の像が建てられています。
また方丈には中央に禅師が命じた等身大の木像、肖像画(いずれも重要文化財)が安置されています。

2009年7月 4日 (土)

京都・一休寺を訪ねて④方丈庭園(2)北庭

2009_0523ikyuuji0003 前回の南庭に比べ、枯滝落水の様子を表現した蓬莱庭園になっています。
大小の石と木々の緑が見事な調和し、禅寺院にふさわしい雰囲気をかもし出しています。

2009年7月 2日 (木)

京都・一休寺を訪ねて③方丈庭園(1)南庭

2009_0523ikyuuji0007 方丈の周囲は見事な庭園が広がっています。
作者は松花堂昭乗、佐川田喜六、石川丈山の三人が合作といわれます。
北・東・南の三面の庭からなる江戸時代初期の禅院、枯山水庭園です。
南庭はご覧のように、サツキの刈り込みと白砂の庭になっています。

2009年6月29日 (月)

京都・一休寺を訪ねて②本堂

2009_0523ikyuuji0008 本堂は重要文化財に指定されています。
永亨年間(1429~40年)、足利六代将軍 義教の帰依により建立されたもので、入母屋造り桧皮葺で、内部には釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩を祀り、山城・大和の唐様仏殿としては一番古い遺構の建造物です。

2009年6月27日 (土)

京都・一休寺を訪ねて①総門

2009_0523ikyuuji0001 とんちでお馴染みの一休禅師で有名な、一休寺(正しくは酬恩庵一休寺・京都府京田辺市薪里ノ町)は、JR大阪から環状線・京橋から学研都市線で京田辺駅で下車、バス停「一休寺道下車」、西に500mに在ります。
鎌倉時代に臨済宗の高僧 大應国師が中国の虚堂(きどう)和尚に禅を学び、帰国して禅の道場、妙勝寺をここに建てたのが始まりです。
その後、戦火にかかりましたが、室町期になって、一休禅師が堂宇を再興しました。
禅師はここで後半の生涯を送り、大徳寺住職として、ここから通われました。
写真の総門を入ると、重要文化財の本堂・方丈もさることながら、素晴らしい庭園が広がります。

2009年6月16日 (火)

滋賀・幻住庵

2009_0505seta0008 大津を愛した俳諧の巨匠、松尾芭蕉は、1680年に幻住庵に住み「奥の細道」「幻住庵記」を著したといわれています。
その「先ず たのむ椎の木もあり 夏木立」と詠んだ句は有名です。
この庵は昭和の始めに再築されました。

2009年6月15日 (月)

滋賀・芭蕉像

2009_0505seta0009 JR石山駅前に、俳諧の巨匠・芭蕉像が建てられています。
芭蕉は多くの地を訪れていますが、ここ滋賀には永眠した義仲寺など、縁が深いものがあります。
その芭蕉を偲んでのものと推測します。

2009年6月14日 (日)

滋賀・瀬田の唐橋

2009_0505seta0004 近江八景の一つとして有名な瀬田(せた)の唐橋は、京阪電鉄唐橋前駅の東約100mにあります。
この橋は多くの文学作品に登場し、古くから有名な長橋です。
歴史的にも日本書紀に登場しているとか。
昔から、京都への交通・軍事の要衝であり、何度も戦乱の舞台となってきました。現在のように大橋・小橋の形になったのは、織田信長(1534-82)が架け替えてからといわれています。
現在の橋は昭和54年(1979)に架け替えられたものです。

2009年6月13日 (土)

滋賀・石山寺⑩瀬田川を望む

2009_0510sakamotoisiya0029 石山寺の境内東測から瀬田港と流れる瀬田川を望むことが出来ます。
川の流れ、ボートなどを見ていると気分が落ち着いてきました。

2009年6月11日 (木)

滋賀・石山寺⑨鐘楼

2009_0510sakamotoisiya0030石山寺の鐘楼は、源頼朝の寄進と考えられていましたが、様式から鎌倉後期もものと判明しました。
前回の宝筐印塔の関係から、頼朝説が出たのではないでしょうか。
いずれにしても、その価値から重要文化財に指定されています。

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